今日は午後から、六地蔵〜旧宇治のウオークを行いました。


本日のウオーキング歩数、14,531歩。(うちエクササイズウオーク9,823歩)、消費カロリー488kcal。


2010年7月10日(土)




六地蔵から少し歩き宇治火薬製造所の引き込み線跡へ。



引き込み線の橋脚の真下に。
敗戦3か月前に、宇治火薬工場は写真を含めその実態を米軍がほぼ完全につかんでいました。
そのことは、宇治在住のOさんと言う方が米国国立公文書館の機密ファイルを解読したことにより明らかになりました。
機密ファイルによると、製造・貯蔵の2つの機能に大別される黄檗(五ヶ庄)と木幡地区の機能分担や施設内の建物の詳しい区分も、米軍は完全に把握していたことが明らか。



引き込み線の橋脚。
「機密」の名のもとに国民の人権を完膚なまでに蹂躙した大日本帝国の政府・軍部。
でも・・・・。
公開された米軍側の資料には、宇治火薬製造所に関して以下のような具体的な記述があったのです。
「『Possible…』(多分)との表現ながら、航空写真に写る約300の建物の1つ1つを
・「ニトロ化反応で爆薬を製造するのに必要な液体原料貯蔵地域」
・「多分、高性能爆薬原料(例、ジメチルアニリン)貯蔵所」
・「多分、雷管装填」
などと細かく分析。
更には、「無煙火薬弾薬庫」「黒色火薬の貯蔵」など詳しい内容を断定されている建物もあり、
「この工場は小銃弾以外の通常砲弾、爆弾について、あらゆる種類の弾薬が製造可能」と評価し、
「単一成分の無煙火薬製造施設はニトロセルローズ製造規模にしてはスペースが不足気味で、建物防護への配慮が欠如している」などと弱点も指摘。
(全て2005年10月11日・洛南タイムスの記事より)
日本国民が全く知りえない事実さえも、アメリカ側には筒抜けだったようです。
米軍の情報収集力は恐るべきもの。



宇治に今も残る貴重な戦争遺跡。
でも、単なる戦争遺跡だと考えるべきではないと思います。
日本がかつてどんなことをしてきたのか。
あるいは、日本以外の国が戦争にかかわってどんな愚かな行動をとってきたのか。
そうしたことを、日本残る戦争遺跡を見て考えるべき。
京都は原爆投下の第一候補地でしたが、「アメリカは京都の文化財を守るために京都を空襲しなかった。」とのデマがまことしとやかに語られた時期もありましたが、でもそれは事実ではありません。
原爆の破壊力を正確に知るため、京都を温存してきたと考えるのが自然。
また実際には、東山空襲で41人、西陣空襲で50人と、京都も空襲を受け犠牲者が出ているのです。
宇治市史にも、宇治にあった国際航空機工業(今の日産宇治工場)や粟村金属工業(今も工場稼働中)に対する空襲の記述が見られます。
アメリカが敵国の、それも価値など分かりもしない文化財を守るために空襲をしなかったなんてことをする筈がないのです。



木幡神社前。
神社に寄ってみることに。



木幡神社は「許波多神社」とも表記し、宇治には木幡と五ヶ庄の隣接する二つの地域に同じ名前の神社があります。



どんどん南進。
茶畑を発見。
宇治茶が本場宇治で生産されている極めて貴重な場所です。
日本国内では「知らない人はいない」と言う程 有名な宇治茶ですが、その生産高は今では日本のお茶の生産高の1%をはるかに割っています。
しかもその宇治茶の生産は、宇治市以外の宇治田原町や和束町などで生産されるものがほとんどだからです。



旧道を南進。
旧街道ウオークが大好きなgodzillaにとって、こんな風景を見ることができることはとっても幸せなこと。(#^.^#)



二子塚古墳前。
古墳には寄らずに先を急ぎます。



京都大学宇治キャンパス前に到着。



宇治に京都大学があることは、世間ではあまり知られていません。
京大原子炉も、宇治キャンパスにあります。
原子炉と言えば、東海村にも京大の原子炉があったことを思い出しました。



京滋バイパスの上を通過。



戦川(たたかいがわ)付近を、京阪電車宇治線の列車が通過。



宇治稜の入り口が開いていました。
宇治稜へ。



宇治稜。



宇治稜。



京阪電車・三室戸駅近くの踏切から、京阪電車宇治駅を望む。
三室戸駅と宇治駅間は、数百メートルしか離れていません。
宇治駅のホームから三室戸駅が見えている程です。



見なれた風景だけれど、それでもとってもいい感じ。
宇治には魅力的だなって思える場所がいっぱいあります。



近道するため、京阪電車・宇治駅構内へ。



宇治橋へ。
天ケ瀬ダムの放流でかなり増水しています。



私が子どもだったころとほとんど変わらない風景を眺めながら宇治橋通り商店街へ。



宇治橋通り商店街にある「上林記念館」。



「条里制」の名残のような細い狭い道。



旧・宇治電電公社。
今はNTTになっています。
見えているアンテナは観た感じよりはるかに高く、宇治市消防本部のはしご車でも届きません。
以前、作業員がアンテナの上で体調不良になったことがありましたが、はしご車が届かないため人力での救助になったことがありました。



帰宅し、庭のヒマワリの花を眺めます。
去年植えていたヒマワリのこぼれ種から芽が出たものですが、異常に大きく成長し高さが3メートルほどもあります。



ヒマワリの花をズーム。
写真を撮った後、花を切って花瓶に入れました。



暑い日でした。
隠元橋の橋の上の気温計は33℃を示していました。
川面を渡る涼風がある橋の上でその気温。
他の場所ではもっと気温が高かったかもしれません。
暑さにもずいぶん慣れましたので、もう長距離ウオークをしても大丈夫だと思います。
熱中症などに気をつけて、この夏もしっかりと歩こうと思います。



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